Breaker's Break 05
時は万物を運び去る。心までも。
ああ、そうだ。
あんなに大切にしていた筈なのに、いつの間にか存在は消えかけている。
「やっほう妹ちゃん。一日目はどうだった?目だった収獲はあったかい?」
「……おかげさまで。パソコンも使わせていただきました」
「え、ちょっと変な事してないよね?」
研究室04。
助教授、
倉上 静音
の私室にして、構内で一番広い研究室である。
講義から帰ってきた部屋の主と、助手という名目で下調べをしている
志野 朔夜
が向かい合った。
満面の笑みを浮かべた静音と、無表情、否、完全に冷え切った表情をしている朔夜。
唐突に、静音が手に持っていた筒で朔夜の頭を叩いた。
ぽん、という間の抜けた音が研究室に響き渡った。
「そんな顔しない。笑ってご覧よ、折角妹ちゃん可愛い子なんだから。お兄ちゃんと違ってね」
「……はあ」
そのままむに、と右頬を伸ばされ、苛立ちからか朔夜の片目が軽く引きつった。
「……何をしているんですか」
若干変な発音になってしまってはいるものの、強い口調で朔夜が言う。
それに対して静音はにっこりと笑い、
「ん?笑顔の練習。無理矢理にでも癖がついちゃえばこっちのもんだからね。
だーめだよ無表情。肉がかたくなってるじゃんか」
「……知った事ではありません」
依然頬をつままれたまま、朔夜が言い、
「……………、いい加減離してください」
無理矢理静音の手を己から引き剥がした。
少し跡がついてしまった右頬を労わりつつ、朔夜は静音から離れた。
静音は加減なくつねったらしい、少しひりひりする頬を撫ぜる。
「ごめんごめん、可愛かったからさあ」
「……どうでもいいです」
「そう? あ、いけないいけない。朔夜ちゃん、この隣に客間作ってあるのね。一応ソファあるから今日そこで寝て」
「……分かりました。因みに、貴女はどちらで」
「ん?あたしはここ。ほら、そこに扉あるでしょ?あの奥にベッド放置してある。…あ、ひょっとしてさみし」
「そんなことは断じてありえません。……第一、頬を躊躇なく手加減無しに思い切りつねりあげる人と一緒に寝たくないです」
「残念。まあでもお兄ちゃんに怒られちゃうか。シャワーは共同だからこの棟の一番奥ね。他に質問ある?」
「……そうですね。どんなものでも構いませんか?」
「いいよ、別に。まあプライバシーどうたらは勘弁して欲しいかな。今ここ煩くってねえ」
「……………………貴女は。貴女は、何故、ここに所属なさっているのですか?外国に行けば、もっと評価されるでしょう」
ふっと、静音から表情が消えた。
しかしそれを気にせず、朔夜は続ける。
「理由が分からない。ここは腐っているとしか思えません。依頼人もちらりと言っていたようですが、監禁に等しいと聞いています」
「知っているよ」
「貴女がそうまでしてここに居続ける理由は無い筈です。
可笑しい事はもっとある。図面を見ればこの研究室は他のどれよりも大きい。
助教授でしかないと言っていた貴女が何故こんな大規模な所を使っているんですか」
今までになく饒舌になった朔夜を見、静音は虚ろに笑った。
どさり、とソファに腰掛け、前髪を掻きあげてくつくつと笑う。
「その通りだよ、破壊屋兄妹の可愛い可愛い妹さん。正解、正解だ。
まあ誰にでも分かる事なんだけれどね。
尤も君のお兄さんは余程頭を捻らないと出てこないと思うが」
「……兄のことはどうでも良いです。私は研究者としての貴女を尊敬しています」
「お兄さんが泣くよ。…尊敬しているから、こんな所に押し込めておくのは勿体無いって?」
「……そうです」
「そう。正直に言ってね、それを言ってくれるのは君が初めてじゃない。
君たちの依頼人の
輝薙
君も同じ事を言った」
「……何故ご存知なんですか」
「分かってるだろう?…君たちを紹介したのも付き添いを上手く撒く方法を教えたのも私だから」
テーブルの上に置かれていたカップに勢い良く紅茶を注ぎ、しかし零す事はなく。
口に運び、ふう、とため息を吐いてから静音はぽつぽつと語りだした。
「まあ、簡単に言えば私も疲れたって事だよ。お偉いさんの馬鹿に付き合いきれなくなった」
「……と、言うと」
「何だ、無口な癖に話聞くのうまいじゃないか…そう、何が馬鹿ってさ、自分が一番だと思い上がってるんだよね」
「………、それは馬鹿ですね」
「だろう?お陰で自分より頭が良いと思った人間は研究と言って監禁だ。一般市民には目が届かないようにね」
「……」
「勿論私も研究者として自分の頭脳に自信を持っているよ。当たり前のことだ。君もそうだろう?」
「はい」
「それでいい。…だがお偉いさんはそれが気に食わないんだ。
自分以外の人間に自信を持たれちゃ堪らないんだろうな、本当阿呆だね。
だから隠すんだよ。要するに怖いんだろうが…
ほら、少し前にあった暴動、君も覚えてるだろう」
「はい」
教育を支援しようとする地下組織と政府との間に起こった抗争。
こういう事態を予測していなかった政府が対抗できるわけもなく、小さな綻びから全て崩れていったようなものだったが。
国民のほぼ全員が地下組織を支援し、互いに庇いあい。
結果としては地下組織の方が勝利をもぎ取った。
「あれから学校もどきは出来たけれどね。結局大した事は教えていないんだ。
輝薙も通ったらしいけど、直ぐに飽いたらしいし」
「……それで」
「ああ。その暴動に関して、私がお上のちょっとした弱みを握ったんだ」
「……それで、大規模な研究室を?」
「そういうことだ。脅した。自由と引き換えにね。当時はジリ貧だったからね、大規模な研究施設が欲しかったんだ」
どこか虚ろな表情のまましれっと言ってのけた静音に、朔夜は僅かに苦笑した。
静音と同じように自分のカップに紅茶を注ぎ、飲み干す。
飲み終わるタイミングを計って静音が口を開いた
「オフレコで頼むよ、妹さん…まあ、君たちがここを壊してしまえば全く関係のないことになるのだけれど」
「分かっています。…私達が仕事を終わらせたら、どうするつもりですか?」
「もし、とは言わないんだな。貰った仕事は全て完璧だから当然か。とりあえず反政府軍に入るつもりだ」
「……そうですか」
「ああ。だからよろしく頼むよ?友人に入ると伝えてしまったからね」
「……分かりました」
自分に、自分達によりいっそうの重圧がかかるのを感じながら、朔夜は再び紅茶を注いだ。
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Postscript
とりあえずルビは実装させてみた。
相関図と、それとこの小説専用のページを作るのが課題、と。
こういう風に書いておかないと忘れそうで怖い。
忘れたい事も沢山有るけれど。
忘れてはいけない事を忘れてしまうのが私の悪い癖だ。
感想、誤字脱字等御座いましたら
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糧になります。